
第2回「ペットロス」エッセイコンテスト
入選作品
「ラヴレター」
九年前、あなたは我が家にやってきた。
幼い子ども達の遊び相手になればと連れてきたけど、運動神経が良くフリスビーやアジリティで活躍するあなたは結局は主人の遊び相手になった。2年ほどして主人の仕事が忙しくなり相手が出来なくなり、あなたは普通の家庭犬にならざるを得なくなった。あなたの朝夕の散歩、もろもろの世話は私の担当となった。
あなたと歩く散歩は本当に楽しく、私の話を振り返っては小首をかしげ聞いてくれた。「よそ見していると電柱にぶつかるよ。」と何回も言ったのに一向に直らなかった。たまに主人があなたを散歩に連れ出すと、後ろを振り返り、私を捜した。私を見つけると私が行くまで動かなくなる。主人に「餌で釣られてるからな。」と嫌味を言われたが、そんなあなたの様子を見ては一人でよろこんでいたものだ。
幸せな日がずっと続くと思っていた。
8年と3ヶ月がたった頃、元気いっぱいのあなたの体に異変が起きた。強い発作を何度も起こし、歩行さえ不自由になった。
最初はてんかんかもしれないと言われ、治療していたが一向に良くならない。
大きな、病院を紹介してもらった。青森の大学病院だった。そこで佐野先生に出会った。やさしい目をした先生だと思った。先生の真しな姿勢に主人も私も全て先生にまかせようと思った。先生はすぐに、あなたのCTを取ってくれた。2週間の検査入院を経てやっとあなたの病名がわかった。
あなたは「癌」を患っていた。
なんとなく重い病気ではと感じていたが、目の前がまっ暗になった。「なんであなたなの。」と恨めしかった。佐野先生、主人と相談して抗癌剤は使わずに治療を受けることにした。いただいた薬で続いた発作も治まり、ゆっくりだけど散歩も、朝夕出来る様になった。
私はできるだけ側にいてあげたくて、夜はあなたの側に布とんを敷き一緒に眠った。いっぱいなでてあげた。あなたといてどんなに楽しいか幸せかいっぱい話をして聞かせた。「大好きだよ。」っていっぱい言ってあげた。そんな私のどうしようもない気持ちを、あなたは、小首をかしげ、きらきらした目で 聞いてくれた。「もっと話して。」そう言っている様に。
8ヶ月間、静かにゆっくり時間が過ぎた。
3月に入りあなたは急に動けなくなった。友達が「動けなくなってからが長いのよ。覚悟しなくちゃ。」と言っていたので、私はあなたの介護用品をいっぱい買い込んで「今までの分、いっぱい甘えていいんだからね。」とあなたの介護にそなえていた。その日はいつもより息の荒いあなたの体をあたたかいタオルでふいてあげた。うれしそうに目を細めているあなたを見て、「少し眠るね。」と一時間ほどうとうととした。
3月7日午前3時30分。静かに、眠るようにマルコは死んだ。
何時間ほど泣いていたのだろうか。主人が「マルコを佐野先生の所に献体に出さないか。」と話をした。私達は先生を信頼していたし、この8ヶ月間は先生からいただいた時間だと思っていたので、素直に納得することが出来た。
その日のうちに青森に連れて行った。先生はマルコを大切そうに抱きかかえ、手術室に連れて行った。その後ろ姿を見ながら、「マルコを返して!」この言葉をさえ切ったのは、マルコだった。マルコが「大丈夫だから。」そう言った様に思えたからだ。
5月9日その理由がやっとわかった。
佐野先生から主人に一通のメールが入った。
FW 病理結果は、このような形でした。
1、 グラム陽性細菌感染を伴う全身性化膿性壊死性病変
(主に肺、腎、心、大脳、小脳)
2、 肺水腫 重度
3、 腺癌(嗅球に限局)
4、 肝細胞の脂肪変性
5、 髄外造血(脾臓)
おそらくメインの病変は3、腺癌であり、これはいわゆる「癌」です。そのほかの全身臓器への播種は、マルコが頑張った証です。すごく頑張ってくれていて、全身に病気が広がっていました。最後まで元気でしたね‥‥
そちらはいかがですか? こちらはすっかり初夏の陽気です‥‥。またメールしますね。
このメールには、マルコが言いたかったことが書かれているような気がした。
「私も最後まであなた達を愛していました。」と
私はマルコに、マルコといてどんなに幸せか、いっぱい話をして聞かせた。その返事をマルコは佐野先生を通して私達にしてくれたのだ。
今、私の机の上には、先生が送ってくれた小さな骨壷と、きれいな少しの毛と、小首をかしげながらじっと私を見ている写真がある。
そして私のケータイには、マルコが天国から送ってくれた、せつなくてこんなにも幸せなラヴレターがずっと残っている。

《第2回コンテスト入賞作品一覧(6篇)》
特 選 | No.13 | 坂本奈緒実様 | 福岡県福岡市 | チャイコからのメッセージ |
入 選 | No.29 | 川村 玲子様 | 神奈川県横浜市 | マイマイちゃんの突然死 |
No.51 | 大倉 信子様 | 岩手県盛岡市 | ラヴレター | |
No.150 | 上野 有治様 | 兵庫県神戸市 | 犬の埋葬地に句碑が建つ | |
奨励賞 | No.126 | 大西 杏奈様 | 茨城県龍ヶ崎市 | 小さな命との出逢い |
No.148 | 大西 克弥様 | 和歌山県和歌山市 | ガー子を起こして | |
第2回コンテスト ― 選評 |