
第2回「ペットロス」エッセイコンテスト
審査員奨励賞
「ガー子を起こして」
私が通っていた保育園では、ガー子という名前のアヒルを飼っていた。
ガー子はみんなの人気者で、外で遊ぶ時は先生がガー子を広場に放してくれ、みんなでガー子を追い掛け回して遊ぶのがつねだった。純白の羽をバサバサと振りながら、必死に逃げるガー子。それを笑顔で追い掛ける園児達、今からして思えばけっこう残酷な遊びだ。
昼にはみんなが持ち回りで、ガー子にエサをやった。給食のおばちゃんが細かく刻んだ野菜やパン切れを、犬用のエサ皿に入れてガー子のケージに入れてやる。
歯のないガー子はくちばしをパコパコならしながらエサを食べていく、私はそれをながめているのが好きだった。
私が卒園する年の夏。母親の都合で、クラスメイトより早く通園した私は、ガー子のケージの前を通った時に異変に気付いた。いつも朝からガァーガァーとうるさいはずなのに、鳴き声もあげずガー子はぐったりとしていた。
ガー子は死んでいた。
みんなが通園してくる前に、私から報告を受けた先生が、広場の隅にガー子をうめてしまった。私はそれを手伝いながらも、なぜガー子をうめてしまうのかを理解できず、悲しいとかつらいとかいう感情は全くなかった。
みんなが通園してくると、ガー子がいなくなっていることがさわぎになった。
「なんで、ガー子おれへんの?」
「先生、なんでなん?」
口々に質問をする園児達に、先生は苦笑するだけ。
「オレ知ってる」
元気よく手をあげた私に、みんなの目線が集中します。
「あのな、ガー子な、広場のはしっこにうめてん」
「なんでなん?」
「朝きたらな、元気なかったから、先生がうめてん」
「え~、ウソやん」
「ウソちゃうよ」
私の言葉は信用されず、みんなからウソつき呼ばわりされました。
「わたし知ってる。ガー子はねただけやんな。うちの犬も昔な、ねたまんま起きやんようになったからな、庭にうめてん」
クラスメイトの女の子がそう発言すると、私をふくめ、みんな納得してしまいました。
「そっかねただけか」
「先生、ガー子起こしてよ」
「せや、起こしてえな」
みんなに取り囲まれ、エプロンのすそをグイグイ引っ張られる先生。初めは困ったような顔をしていた先生だが、徐々に厳しい表情に変わり、
「ガー子を起こすことはできないのよ」
と静かな声で言った。
「なんで?」
「ねぇ、先生、なんでなん?」
「なんで? なんで?」とみんなは口々にさわぎ続ける。
「ガー子はね。死んじゃったの。ねてるわけじゃないのよ」
「死んだらな、お星様になるねんな。オレ知ってんねん」
クラスメイトの男の子がそういうと、別の男の子が、
「ちゃうわ、天国へ行くんや」
と反論。園児達のテンションはどんどん上昇する。
教室内の秩序は消え失せ、ある者は奇声をはっしながら室内を走り回り、ある者は先生の足にまとわりつき、「なんでなん?」としつこく言い続けている。
「静かにしなさい!」
目をつりあげた先生が怒鳴る。一気に静かになる室内。
「命っていうのはね、みんな一つしか持っていないの。ゾウさんもキリンさんも、人間も、もちろんガー子もそう。死んで命がなくなっちゃったら、もう起きてこれないのよ。」
先生の言葉を一所懸命に聞くみんな。
「ガー子はね、もうおばあちゃんだったの。ガー子は、みんなと遊べて楽しかったと思うのよ。幸せだったと思うわ」
先生はやさしい口調で言う。
「ガー子が死んで悲しい?」
みんな無言でうなずく。
「じゃあ、ガー子に手紙を書きましょう。ガー子に遊んでくれてありがとうって」
その後、ガー子のお別れ式が行われた。ガー子をうめた場所につつじの苗木が植えられ、ガー子にあてた手紙をその前に供えた。
もう十年以上、保育園には足を運んでいないが、あの苗木はどれほど大きくなったのだろう?
《第2回コンテスト入賞作品一覧(6篇)》
特 選 | No.13 | 坂本奈緒実様 | 福岡県福岡市 | チャイコからのメッセージ |
入 選 | No.29 | 川村 玲子様 | 神奈川県横浜市 | マイマイちゃんの突然死 |
No.51 | 大倉 信子様 | 岩手県盛岡市 | ラヴレター | |
No.150 | 上野 有治様 | 兵庫県神戸市 | 犬の埋葬地に句碑が建つ | |
奨励賞 | No.126 | 大西 杏奈様 | 茨城県龍ヶ崎市 | 小さな命との出逢い |
No.148 | 大西 克弥様 | 和歌山県和歌山市 | ガー子を起こして | |
第2回コンテスト ― 選評 |